2024年2月4日、富山県魚津市で行われた第49期棋王戦の第1局。藤井総太八冠と伊藤匠七段の対決は、持将棋 (引き分け)という結果に終わった。この勝負を機に、持将棋に対する賛否両論が湧き起こった。
持将棋に終着するまでの経過
まず、当日の戦型だが、先手の藤井八冠が得意の角換わりを選び、後手の伊藤七段もそれを受けて角換わり。
両者とも居飛車党である。
この「角換わり」はAIによる研究が進めやすい戦型で、本局も69手目まではコンピュータ選手権 (DL 対 水匠) で前例のある指し順だったそうだ。
目指すところが片や「詰み(勝ち)」、片や「持将棋(引き分け)」
その49手目「先手▲4五歩」と突いたところで、AI評価は先手に200~300有利と振れた。← 藤井八冠・伊藤七段ともに既に研究済!
普通リードされれば嫌なものだが、本日の作戦を持将棋と決めていた伊藤七段は、内心動じるところはなかった筈だ。
何故ならAI評価は通常「詰む詰まないに向けての形勢判断」をしているからだ。
これが「持将棋の判断」となると、現状では正確な判断が下せない状態にある。
持将棋とは本来の将棋とは全く別のルールで競われるもの
持将棋とは、本来の将棋とは全くの別ルールで展開されるゲームである。
両方の玉に詰みが生じなくなった状態の時に、突如持ち込まれる独自ルールなのだ。
もうね、「詰む詰まない」などまるっきり全然俎上に乗らなくなって、いきなり対局者それぞれの持ち駒を点数化して、その合計を競うゲームとなる。
24点法と27点法の解説
前述したように、AIは「持将棋に向けての形勢判断」に限っては、現状を正確に判断できない。
何故ならプロ棋士の場合は、24点 (=持ち駒+敵陣3段以内に入っている自駒) があれば、引き分け以上となる。
ところがAI評価では、27点で引き分け以上と設定されているからだ。
形勢判断に誤差が生じてしまうのである。
…… ってか、自駒が24点以上あれば取り合えずセーフの状態なのだから、上記誤差以上に形勢が開いても大丈夫っちゃあ大丈夫なんじゃない?
何故なら、2019年に加わった「持将棋の勝敗を決するルール」により、持将棋では以下の条件を満たさない限り、勝ちは転がり込んでこないからだ。↓ ややっこしいよ~
『2019年に加わった持将棋で勝敗を決するルール:入玉宣言法』によると、
・宣言側の玉が敵陣3段目以内に入っている。
・宣言側の敵陣3段目以内の駒は玉を除いて10枚以上存在する。
・宣言側の玉に王手がかかっていない。
・宣言側が(大駒=角 飛車 5点、小駒1点の計算で)
A.31点以上あれば宣言側が勝ち。
B.24点以上30点以下であれば持将棋引き分け(無勝負)。
※ 因みに入玉宣言して上記条件が1つでも満たされていなければ、宣言した者の負け!となる。← @(||_||)@
そもそも論
そもそも持将棋を目指して将棋を指す人などいなかった(笑)。
将棋が始まった江戸時代に、ごくたまに相入玉などになって、どちらの玉にも詰みが生まれなく決着がつかない時に、
「八っつぁんよ、こりゃ無理だわ。」と止めて、『持』と記したのが『持将棋』の名前の由来である。
一生懸命お互いに「勝ち」を目指して戦った結果、どうにも勝負がつかない時の苦肉の策として生まれたのが『持将棋』だ。
現に深浦康市九段(1362局中、持将棋0)はこう語っている。
私は入玉模様でも積極的に捕まえに行くタイプだと思っています。ギリギリのところで戦わないと勝てない、捕まえに行く姿勢が大事だと思っています。ただ、入玉模様の経験が多いので、持将棋がゼロというのは、正直意外でした。
『文春オンライン』より引用
藤井八冠の玉を捕まえるどころか「逃がしにかかる作戦」の是非が問われるコメントだ。
さらに深浦九段はこうも続ける。
相入玉の将棋は点数稼ぎになるので、独自のテクニックはありますよね。お互いが精一杯に戦った結果として、相入玉となるとゲーム性が変わってくるので、それぞれのセンスが出て来ます。ファンの方にもそういうところも見てもらえればと思います。
『文春オンライン』より引用
「お互いが精一杯に戦った結果として、相入玉とな (り持将棋)」というコメントに、「持将棋に対する姿勢」が見てとれるのである。
伊藤匠七段の大研究
コミック『りゅうおうのおしごと!』の作者である白鳥士郎さんは、今対局を受けて以下のようにポストしている。
研究段階でAIの評価を鵜呑みにしてしまうと、今回のように持将棋(引き分け)が成立してしまう局面に誘導されてしまう… しかし、後手番とはいえ「勝つ」のではなく「引き分け(先手を得る)」にするために入玉して持将棋にまで持ち込むとは…その労力を考えるだけで、めまいがしそうです。
『白鳥士郎』Xより引用
白鳥氏は上記のAIに生じる「24点と27点」の誤差を指して、「鵜呑み」という表現を用いている。
通常棋士たちはAIを「相手玉を捕まえる」ための研究に使うので、問題はない。
しかしこのAIを「持将棋」の研究に使うとするならば、上記誤差を頭の隅におきながらやらなければならない、ということだ。
けれどこの誤差については、渡辺明九段もXでポストしている通り、将棋界では有名な知識なのである。
対局後に
「伊藤七段の掌の上に乗った」と語った藤井八冠も知らないわけがないのだ。
藤井八冠は、もちろん知っていて、それでも、『勝ちを目指すという途中経過』を抜かして『持将棋そのものを目指す』将棋なんて、思いも寄らなかったに違いない。
いわんや、今対局以前の藤井八冠が、研究意欲を感じて『持将棋研究』に精を出す、なんてことは到底考えられない。
一生懸命はいいが
私には伊藤匠七段を攻める気持ちはいっさいない。
しかし、伊藤七段が対局後に語った「持将棋を狙う」作戦を、将棋の新基軸とするのには疑問を感じる。
将棋はまずは一局での「勝ち」を目指すこと。
これは江戸時代から続く、揺らいではいけないルール以前のルールではないのか。
また、「持将棋」というのは、上記「勝ち」を目指す中で生まれた付属物のようなものだ。
だから将棋本来の「相手玉を捕まえる」を前提としたルールとは大きく異なるルールを持つのだ。
この「持将棋」のルールの適応機会がどんどん広がるようなことになれば、将棋の本筋のルールが乗っ取られてしまうことになり兼ねない。これを本末転倒というのだ。
各駒の躍動、数十手先まで何通りも勝ち筋を読む頭脳、大駒を切って捨てる大胆不敵さ、そういうものを抜きにした将棋は、もはや将棋ではないのである。
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これからの将棋
「持将棋」狙い
今回、AIを駆使すれば「持将棋狙い」の将棋も組み立てられるということを、伊藤七段は証明してみせた。
そうして既に出現してしまったからには、今後、初っ端から引き分け (+先手番確保)を目指す「持将棋狙い」の将棋は、再び現れることだろう。← 何ともみみっちい将棋だが~ @( ;∀;)@
こういうことになったのはひとえに、「藤井総太という天才の出現」が大きな要因であることは言うまでもない。← 先手番角換わりで90%を超える勝率を誇る藤井に勝つことを、棋士たちは次局に持ち越さざるを得なかったのである。
そうしてこれは、「AI研究」による副産物である、とも言える。
多岐に渡り解析ができてしまうAIの出現により、棋士たちは今、結論を急ぎ過ぎるきらいにある。
そのことにより、今までは思いも寄らなかった奇策を求めることになり、その奇策を実現させてしまうこともAIにはできる。
それでも、深浦康市九段の「お互いが精一杯に戦った結果として、相入玉となる」という言葉。
「取った持ち駒を使って攻めることができる」ことを将棋の面白さとして挙げた藤井八冠の言葉。
…… などを噛みしめながら将棋界の未来を考えた時、この「持将棋狙い(定跡)」の出現が将棋の面白さにどのように影響するのかと、考え込まずにはいられない。
何でも面白がりながら受け入れたい、と思いつつ、得体のしれぬ不安もぬぐいきれないのが、私の正直な感想である。
補足
以上持将棋は、本将棋が切羽詰まった時の処理の仕方であり、攻め手順ではない。
よってルールも別ものとなっている。
それでも持将棋が本将棋のルールを脅かすほどに勢力図を広げてきた際にはどうすれば良いのか。
実は答えは簡単で、持将棋の場合は先手後手はそのまま、つまり持ち越した対局も先後は変えずにそのままにすれば良いだけなのである。
「持将棋」も「千日手」も2019年にルールが改訂されるなど、まだその扱いが揺れている途上にある。
すなわちこれは、「持将棋」「千日手」ともに、これからの状況を見て更なるルール改訂があり得る、ということを示しているのであろうからー。
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